(株)STORY CAREER マネージャー「渡邉元士(わたなべがんじ)」のロングインタビューです。

※こちらの記事は2020年2月に実施したインタビュー内容になります。

STORY CAREER(以下、STCA)の立ち上げを行い、その後、一度別の会社に転職をした渡邉が、これまでどういったキャリアを歩み、そこからなぜSTCAに戻って来たのか。

STORY CAREERに懸ける渡邉の想いを、これまでの人生を振り返りながら話してもらいました。

 

アジェンダ

1. 教育系ベンチャー「STORY」に費やした大学時代。

2. STORYに出戻り、二つの新規事業の立ち上げに関わる。

3. 二回目の出戻りで、STORY CAREERへ。

4. STORY CAREERに懸ける想い。

 

1. 教育系ベンチャー「STORY」に費やした大学時代。

-がんじさん、本日はSTCAに戻って来られた背景や、STCAに対する想いなどについてお伺いさせて頂ければと思います!まずは簡単に自己紹介からお願いします!

皆さん、はじめまして。

渡邉元士と言います。

2018年に関西学院大学商学部を卒業しており、社会人3年目、もう少しで4年目ですね。

現在は、STCAではマネージャーという立場で、ほとんど全ての業務に関わっています。

樋岡はご存知の通り、経歴がかなりごちゃごちゃしているので、どこまで分かりやすく話せるか分かりませんが、樋岡、良い感じに引き出してください。

本日はよろしくお願いします。

-わかりました!(笑)時系列で話して頂く方が良いかと思いますので、ファーストキャリアからお話をお伺いできればと思います。

そうやね、時系列でお話が出来ればと思います。

後々、大学時代の話もすることになるので、まずは大学時代の話から。

遡ること、今から5年前の大学生2年生の終わり頃の話です。

それまでは、地元「尼崎」の個別指導塾でアルバイトをしており、大学の授業以外の時間はほぼ全て塾に費やしていました。

空きコマや昼休みは図書館に籠もって、メインで指導をしていた英語の勉強をし、ホワイトボードを買って自宅で板書の練習をしたり、恋人に英語を教えていたこともありました。

-そこまで塾にコミットしていたのはどういった理由からだったんですか?

その塾の先生に自分が救われたからやね。

中学3年生まで筆箱も持ち歩かないくらい勉強をしておらず、「定時制高校しか行けないのではないか」と言われていたのですが、その塾で出会った先生のおかげで、急激に成績が上がり、なんとか地元の公立高校に進学出来ました。

それが自分の人生での初めての【成功体験】でした。

初めて「やれば出来る」と思えた経験で、そこから勉強や部活に前向きに取り組むようになり、将来についても考えるようになりました。

その経験から、「子ども達に、前向きに生きていこうと思えるような希望を手にする経験をして欲しい」と思い、塾講師として尽力していました。

ただ、そういった想いが強すぎるが故に、周りの講師や社員と上手くいかないことも多くありました。

そういったことが積み重なり、「塾を辞めて家庭教師をする」といったこともぼんやりと考えていたタイミングで、ある方と出会いました。

-それがSTORY(STCAの母体)の代表の毎悟克(まさかつ)さんだったんですか?

そうやね。

本当にいくつもの偶然が重なって、当時創業期に当たるSTORYの代表、毎悟克さんとお話する機会を頂きました。

毎悟克さんは、大学時代には浜学園で算数の講師をされていて、リクルートキャリアに就職をしてからも家庭教師の仕事を続け、リクルートを退職後プロの家庭教師として独立をし、その後、STORYを創業された方です。

「教育」と「キャリア」という2つのドメインで経験を積まれており、「誰もが自分らしい物語を歩む社会を創る」という考えのもと、STORYを創業され、当時は「キャリア教育を提供する個別指導塾」を事業として運営されていました。

「キャリアを見据えた上での教育」という考え方にすごく共感したことと、何よりも、子ども達、教育に対する想いの強さをひしひしと感じ、STORYに長期インターンという形でジョインしました。

-STORYでの活動についても教えて下さい。

2年間、長期インターンとして活動をしており、本当に色々なことに携わらせてもらったんですが、力を入れていたことは主に長期インターン生の採用活動です。

採用グループのリーダーを任せてもらい、組織を20名ほどから多い時期は100名ほどになるまで拡大させました。

ほとんど毎日大学生と面談・面接をしており、STORYの魅力を語り、目の前の学生に「STORYはどういった経験を提供できるのか」といったことを話し、口説き続けていました。

当時は、本当に気が狂ったように働いていました。

2. STORYに出戻り、二つの新規事業の立ち上げに関わる。

-新卒では別の会社に入社をされていましたよね。

当時、STORYが新卒採用を積極的にしている訳ではなかったのと、毎悟克さんから「いつか一緒にやろう」という言葉を頂いていたり、他の経営陣からも「がんじはSTORYに戻って来そう」と言われていたから、新卒で入ることは一切頭の中になかったかな。

ただ、結果的には、新卒で入社した会社を2ヶ月ほどで辞めて、無職の期間を1ヶ月挟んで、STORYに戻って来ることになります。

-ファーストキャリアで入った会社を退職されたのは、どういった理由からだったんですか?

まず前提として、僕自身が未熟だったということがあります。

その上で、当時の感情をストレートに表現すると「もっと激しい環境で働きたかった」という思いから退職をしました。

先程お話した通り、大学時代、気が狂ったように働いていたこともあり、もう、普通の環境では働けないような身体になってしまっていました。

ファーストキャリアで入社した会社は、すごく人思いの素晴らしい会社で、社員一人一人の働き方・生き方をすごく尊重するような制度や社風がありました。

具体的には、フルフレックス・フルリモート、副業可能、といった制度などです。

それを、当時の自分はポジティブに受け取ることが出来ず、「もっとハードな環境で働きたい」という思いが強くなり退職しました。

-その後、すぐにSTORYに戻った訳ではなかったんですね。

そうやね、辞めてすぐのタイミングは、経営陣と会うことすら避けていました。

STORYを卒業する際に、経営陣に「一回り成長してから、またお会いしたいです」と伝えていたので、当時の状況で会うことは出来ませんでした。

-無職の期間を1ヶ月経たタイミングで会うことになったのは、なぜだったんですか?

自分から毎悟克さんに「会いたいです」と連絡をしたのがきっかけです。

転職活動をしていたんですが、多くの社会人の方から「辞めるのが早すぎる」「3年は続けるのが普通」といった指摘を受けたり、エージェントにもそういったことを言われて、結構しんどくなっていました。

そして、何よりもしんどかったのが、社会から孤立しているという感覚が日に日に強くなっていったこと。

自分に対する無力感と苛立ち、社会に対する謎の怒り、そういったものが自分の中でどんどん積もっていきました。

-なぜそのタイミングで毎悟克さんに連絡しようと思ったんですか?

前を向いて生きていく勇気が欲しかったから、です。

STORYは「無理だ」と言われることに挑戦し続けていて、毎悟克さんはその象徴とも言える人で、「前を向いて生きていく勇気が欲しいので会って下さい」と連絡をしたのを、今でも鮮明に覚えています。

そして、毎悟克さんは「俺は、ガンジーらしい選択やと思うよ」といった返信をしてくれ、快く話をする機会を頂きました。

-そこで、STORYに戻って来ることに決めたんですか?

飲みの場で「ここから10年が勝負だと思っている。力を貸して欲しい」と言って頂いて、その場で自分の意志は固まっていて、翌日に「戻ります」という返事をしました。

しかし、僕はこの毎悟克さんとの約束を守ることは出来ず、2年後には組織を去ることになります。

-その2年間についても教えて下さい。

STORYに戻って来て1年目は、当時動き始めたばかりだったSTCAの立ち上げに関わりました。

そして、1年間STCAの立ち上げを行ったタイミングで、STORYは新規事業である「EdTech」サービスに全リソースを割いていくという意思決定をし、EdTech事業部に異動になりました。

ちなみに、その後間もなく、塾事業とSTCAはSTORYから独立することになり、STCAは「(株)STORY CAREER」になり、塾は「個別指導塾Only」として(株)STORY CAREERの塾事業となっています。

EdTech事業部に異動になってからは、配信する教育コンテンツの管理責任者としての仕事と、CRM(カスタマーサクセス)の仕事をしていました。

僕だけ関西にいたので、自分でオフィスを借りて、そこで引き篭もって、毎日仕事をしていました。

この1年間は思い出しただけで寒気がするくらいきつかったです。

-そこまできつかったのは何故ですか?

「この事業が上手くいかなかったら会社ごと沈没する」という状態でしたので、毎悟克さん含め役員陣は、文字通り「死ぬ気で」仕事をしており、その分、社員に求められる基準も異常に高くなっており、組織内は常に緊張状態でした。

さらに、サブスクリプション型のWebサービスであり、尚且、サービスを利用して下さっている方は中学受験をするご家庭という非常にインテンシティの高い方々でしたし、実績のまだない新しいサービスということもあり、小さなミスが命取りになるような状況で、常にピリピリしている状況でした。

そういった「常に修羅場」という状況で、365日ほぼ休みなく、睡眠時間もあまり確保出来ていない状態で仕事をしていたので、心身ともにギリギリの状態で仕事をしていました。

-最終的に辞めるという決断をされた理由はどういったものだったんですか?

「ここで働き続けることは不可能だな」と思ってしまったからです。

気持ちとしては、大学時代からずっとお世話になっており、自分自身もずっと関わってきた組織でしたし、何よりも、僕を拾ってくれた恩人である毎悟克さんと一緒に仕事をしたい気持ちは強くありました。

ただ、自分の中で「ここで働き続けることは出来ない」という思いが浮かんで来ていたのは事実でした。

週1で休日を取れるようになったタイミングだったことも大きく影響していたと思います。

それまでは自分のことなんて考える暇は一切なく、顧客、サービス、組織、目の前のやるべき仕事にだけ意識が向いていたのですが、「休み」が出来たことで、自分に意識が一瞬向いてしまい、自分の中に僅かにある気持ちを直視してしまいました。

3. 二回目の出戻りで、STORY CAREERへ。

-なるほどです…。退職後は別の会社に転職をされていますよね。

うん、そうやね。

東京のベンチャー企業に採用して頂いて、数名で立ち上げたばかりの新規事業部の配属になりました。

ただ、結果的に、この会社も3ヶ月ほどで退職をすることになりました。

退職をした時の状況としては、もう心身がボロボロになっていました。

最後の方は通勤途中に駅でぶっ倒れました。

明確な理由は、今でも正直よく分かっていないです。

ただ、STORYを失ったことは大きかったと思います。

STORY以上にコミットすることは出来ず、正直「何のために生きているんだろうか」と思うことも多々ありました。

もちろん、結果も出せませんでした。

でも、期待には応えたいと思い、自分なりに頑張ってはいたんですが、空回りしていたんだと思います。

そして、相談できる人も社内にはおらず、自分の中で毒素のようなものがどんどん溜まっていき、不眠気味になり、最終的に倒れた。

それが当時の状況でした。

-その後もすぐにSTCAに戻って来た訳ではないですよね。

この時は、誰にも連絡すらしませんでした。

ましてや、STORYの関係者には連絡なんて出来る訳がありませんでした。

辞めた後、どうしたかと言うと、生きるために仕事はしないといけなかったので、肉体労働と言われるような仕事を始めました。

なぜそういった選択をしたかと言うと、「誰からの期待も受けたくなかったこと」「じっくり自分と向き合いたかったこと」この2つです。

そこから、「誰も自分のことを知らない環境に身を置きたい」と思いました。

ベンチャー界隈は結構狭くて、STORYのことを知っている人、STORYのOBOGと繋がっている人がいたりするんですけど、そういうのがもう全部嫌になりました。

-STCAにはどういったきっかけがあり、戻って来たんですか?

俊さん(STCA代表)から連絡をもらったことがきっかけやね。

俊さんが転職先の企業のHPを見て、HPがリニューアルされてすぐだったのに、社員一覧に僕の名前がなかったことから、「辞めたのかもしれない」と心配をして下さり、連絡をもらいました。

辞めた旨と諸々の事情を伝えて、俊さんから「肉でも食べに行こう」と連絡をもらいました。

その時は、ちょうど「次に向けて動き出していこう」と思っていたタイミングでした。

ただ、転職をする気は一切ありませんでした。

経歴的に転職をすることは難しいだろうと思っていましたし、何よりも、STORYの時と同じくらい熱量を注げる会社に出会える気がしなかったからです。

なので、「教育」や「キャリア」の領域で自分で仕事を創り出していこうと思っていました。

-そうだったんですね。そのような状況で、なぜSTCAに戻ることにしたんですか?

「就職をしない」とは決めていたものの、壮大な理想を描いて起業をしようと思っていたとかではなかったんよね。

「まずは、やり甲斐を感じられる仕事で、飯が食えれば良いかな」と思っていました。

理由は、STORYでの経験などから、今の自分にはそんな大きなことは成し遂げられないと認識していたからです。

ただ、小さく収まる人生にはしたくないと思っていました。

そういった考えを持った状態で俊さんと焼き肉を食べに行き、そこで俊さんから「いつ戻って来るん?」とSTCAに復帰することを提案してもらいました。

ただ、その場で意思決定をした訳ではありませんでした。

-それは何故ですか?

理由は2つあって。

1つ目は、STORY関係者にこれ以上お世話になり、もしかしたらまた不義理なことをしてしまうかもしれないこと、その可能性が「100%ない」と断言する自信がなかったことです。

STCAは法人化をして独立したため、STORYとの関係性が一切ないとは言え、元々はSTORYの事業部です。

そして、俊さんはSTORYの頃からお世話になっていたので、その点ですごく躊躇しました。

2つ目は、STCAに依存してしまうのではないか、という懸念です。

先程お話した通り、STORYを辞めた後に体調を崩した理由の一つに、「STORYへの依存」が大きく関係していると思っていました。

4. STORY CAREERに懸ける想い。

-そういったことを思いながらも、最終的に戻って来るという意思決定をされたのは何故だったんですか?

理由は2つで。

1つ目は「提供したい価値を実現できる環境である」と思ったこと。

2つ目は「提供したい価値を、より質高い水準で、多くの人に届けるために、成長したい」と思ったこと。

-どんな価値を提供したいと思っていたんですか?

ここは大学時代、STORYにいた頃と変わっていないです。

「生きる希望を与えたい」「希望を持って生きていけるような環境選択をサポートしたい」そういった想いです。

想いの強さという点では、むしろ、前よりも強まっていたと思います。

自分自身が完全にドロップアウトしてしまい、絶望の淵を彷徨ったので、「そういう思いをする人を一人でも多く減らしたい」「今そう思っている人がいれば、希望を手にするような経験を提供したい」と、強く思っていました。

そして、STCAはサービスの立ち上げから関わっており、「最適なキャリア選択を実現するために作られたサービスであり、それを実現するための、ポテンシャルがある」と思っていました。

また、STCAの発起人である俊さんが持っている知見・ノウハウ、そして、そこに対する想いの強さ故に、今後もどんどんサービスの質を高めていけることも確信していました。

-2点目の「成長」という点に関してはどうですか?

肉体労働をしていた期間にすごく内省をして、これまでの紆余曲折したキャリアを振り返ったことで、自分の根本にある弱さであったり、課題を認知しました。

そして、それは主に「対人領域」の課題であると思っていて、それは自分一人で仕事をしていくようでは一生解決されない、その選択を取るということは、自分から逃げている証拠だと思いました。

それに、何よりも、「希望を与えたい」とか言っているやつが、現実から目を背けて逃げてばかりいてはダメだと思いました。

-先程仰っていた懸念点については、どう考えられたんですか?

そこがまさに2つ目の成長と関連していると思っていて。

自分の課題を乗り越えて、成果を出して、顧客にも組織にも貢献して、自分が組織を作り、新しい価値を生み出していくことでクリアできる話なんじゃないかと思いました。

そして、そういう生き方をしていこうという決意が出来たので、STCAでもう一度挑戦しようと思いました。

-そう思えたのは何故だったんですか?

「このままで終わりたくなかった」という気持ちかな。

ビジネスという領域で道半ばで終わらせてしまった事を成し遂げたいという気持ち、です。

具体的には、「先程述べた提供したい価値を求めている人に届けたい」「理想のために奮闘する人たちとそれを実現するために、もう一度一緒に走りたい」「そういったことを自身が実現することで、諦めなければ道が拓けることを証明したい」そういったことを思いました。

言うことは誰でも出来るので、行動でしっかりと証明していきます。

-それでは、最後に、がんじさんが今後成し遂げたいことについて教えて下さい。

直近で言うと、STCAの量的拡大を行いながら、提供価値の質を維持・向上させていくことをやっていきたいと思っています。

立ち上げ当初から関わっており、サービスの質はどんどんブラッシュアップされており、その結果として、利用者からは「どこのエージェントよりも信頼でき、エージェントとしての機能も非常に高い」という評価を頂くことが何度もありました。

ただ、量、つまり利用者が増えているかと言うと、「やや増えている」としか言えないです。

全リソースをEdTech事業部の方に注ぐことになったという過去があり、一定仕方ない部分ではあるとは思うのですが、自分が戻って来てリソースが増えたからには、量的拡大を実現していきたいです。

既に、正社員や副業社員の採用活動にも踏み切っていますし、間もなく、長期インターン生の採用も本格的に始めていきます。

そして、量的拡大を行うと同時に、「提供価値の質をいかに維持するか、今後向上させていくか」も大きな論点です。

キャリア支援事業は属人性が非常に高いサービスであり、実際、量的拡大を行い質が低下した結果、利用者に「あのサービスは質が低下した」と言われている同業者をいくつか知っています。

当たり前ですが、我々はそうなってはいけない、むしろ、「これまで通り、改善をかけ続けることで質は上げていく」つもりです。

中期的な話でいくと、STCAの代表である俊さん、そして、事業提携をしておりこれから増々連携を強めていく未知株式会社の代表である下方さん、この二人が掲げる「自分らしく生きる人を増やす」「ポテンシャルを秘めた人を一人でも多く大成させる」という考えには心底共感しているので、それを形にしていくために、尽力し続けることです。

具体的には、「フォロワーとして」ではなく、「右腕(ブレーン)として」一緒に走っていきたいと思っています。

お二人が経営者として前進していく中で辛いこと、孤独を感じることは沢山あると思うんですけど、その時に、「がんじも頑張ってるし、もうひと踏ん張りしよう」と思ってもらえるような存在になりたいと思っています。

そして、お二人が何か事を成し遂げて過去を振り返った時に「がんじがいて良かったな」と思ってもらえる存在、そんな人間になっていきたいと思います。

これは、STORYで成し遂げられなかったことでもあるので、必ず成し遂げたいことです。

また、「成し遂げたいこと」ではないんですが、「こう在り続けたい」というのもあります。

前提として、こういった思いを持ち働くことが出来ているのは、振り返ってみれば、「中学の時の塾の先生」「STORYの毎悟克さん」「STCAの俊さん」、その他にも沢山の方に機会や希望を与えてもらったからだと思っています。

なので、自分自身も、これから関わっていく人達にそういった機会や希望を与えられる存在で在り続けたいと思っています。

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